源氏物語 早 蕨(さわらび)ー第四十八帖

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源氏物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 (角川ソフィア文庫) [ 紫式部 ] - 楽天ブックス
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宇治の山里にも春がやってきましたが、中君は悲しみに暮れておられました。

花や鳥の声につけても、この世の悲しさを大君と語り合ってこそ慰められることもありましたが、聞き知る人もいない今は、ただ心細く、総てが真っ暗闇に感じられました。

阿闍梨のもとから、蕨(わらび)や土筆(つくし)などが入った籠が届きました。

この春は誰にか見せむ亡き人の  形見に摘める嶺の早蕨(さわらび)

新しい年が明けました。何かと忙しい時期も過ぎた頃、薫中納言が二条院に参上なさいますと、匂宮は物思いに耽って、端近くで箏の琴を掻き鳴らしながら、梅の香りを楽しんでおられました。

山里のことなどをお尋ねになりますので、今も亡くなられた大君が忘れられず、深い愛情を思い知らされた事などを、しみじみお話しなさいました。

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匂宮が中君を京にお移しすることを相談なさいますと、中納言は、
「誠に喜ばしいことです。

後見として、どのようにもお世話すべき方と存じます」と申しなさいましたが、内心は、
「大君の形見の姫君を、この私こそが、お世話申し上げるべきなのに……」と、悔しさが募るようでした。

服喪の明ける二月の上旬にお引っ越しということで、その準備を始めなさいました。

姫君がお移りになるその前日、中納言が宇治を訪れました。

「少しでも悲しみをお晴らし申そうとお伺い致しました……」と申しますと、中君は、
「……ただ心乱れて……」と涙を流しておいでになりました。襖障子の口でお逢いになりますと、そのお姿はこちらが恥ずかしくなるほど優美で愛らしくいらっしゃいました。

中納言は亡き大君の面影が重なり、胸が痛くなられました。

「大切な人の形見を、他人の妻にしてしまった……」と誠に残念に思われました。

弁の君は出家をしておりました。大層年をとってはいますが、その態度や心遣いは大層優雅で、嗜みのある女房であったことが窺えます。

中納言は、「尼姿になられ、この山荘にお残りになるのは、まことに有り難く嬉しいことです」と涙ぐみなさいました。

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中君は、「心細くお残りになると思いますと、ここを離れる気がいたしません。時々逢いにきてください……」と優しくお話しなさり、子供が親を慕って泣くようにお泣きになりました。

若い女房たちが京に上れることを喜んでいますので、
「亡き姉君を思えば、人は薄情なもの……」と、悲しくご覧になりました。

月が明るく昇りました。道中、御車は遠く険しい山道を通りました。

「匂宮のお通いが途絶えたのも、仕方のないこと……」と、今になってお判りになりましたが、なお一層これからのことが不安に思われました。

宵が少し過ぎた頃、二条院にお着きになりました。光輝く寝殿造りの邸内に御車を引き入れますと、匂宮は早くから到着をお待ちになっておられまして、

ご自身で御車に近寄って、姫君を抱いて下ろしなさいました。

お部屋の調度品なども、心尽くして理想的に整えられており、世間の人々は並々ならぬご寵愛に驚いておりました。

薫中納言も近くの三条宮邸に移られました。差し向けた供人から、匂宮が中君を大切にしておられると聞きますと、大層嬉しくは思われましたが、やはり取り返したい……と思っておられました。

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右の大殿(夕霧)は、娘・六君を匂宮に嫁がせようと決めておられましたが、宮が
意外な姫君を宇治よりお迎えになりましたので、大層不愉快にお思いでした。

六君の御裳着(成人式)が盛大に行われ、「同じ一族で変わり映えしないが、薫中納言を婿にしようか……」と、人を介して窺わせました。

けれど中納言は、「世の無常を目の前に見ましたので、この身こそが不吉に思われまして、その気になれません」とお答えなさいました。

大殿はこれ以上無理にお勧めにはなりませんでした。

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桜の盛りの頃、中納言は二条院に参上なさいました。中君は山里の頃とはうって変わって、御簾の内で優雅に暮らしておいでになりました。

「いつでもお訪ねできそうな近い所におりますが、馴れ馴れしいと非難を受けようかと遠慮しておりました。

今は山里が思い出され、胸が一杯になり……」と申されますと、
「本当に……。姉君が生きていらしたら、花の色や鳥の声にも心をかけて過ごすことができましたのに……」と、しみじみと悲しみが募るようでした。

そこへ匂宮が大層美しく身繕いなさっておいでになりました。

「どうして中納言を遠ざけて、御簾の外に座らせなさるのですか。貴女をお世話下さった方ですよ。もっと近くで、昔話などをなさい」と申されました。

「そうは言っても、あまり気を許さぬように……下心があるのかもしれないから」と心安からぬことを仰いますので、中君は大層辛くお思いになりました。

( 終 )

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