この年は野分(台風)が例年よりも激しいようで、空の様子が急変して風が吹き始めました。
やがて風は激しさを増し、南の御殿でも花の枝も折れるほどで、紫上は端近くに出て、前栽(植え込み)の様子を心配そうにご覧になっておられました。
そこに夕霧がお見舞いにおいでになりました。風がひどいので屏風なども畳んで隅に寄せてありますので、すっかり中が見渡せます。
廂(ひさし)の端に清らかで気品のある方が座っておられました。そのお姿はぱっと輝くように美しく、樺桜の花が咲き乱れるようです。
「世の中にこれほど魅力的な美しい方がおいでとは……父君が他の者を遠ざけておられるのは、この紫上が人の心を動かすほどの美しさなので、
用心しておられるためか……」と分かり、そっと立ち去ろうとなさいますと、そこに源氏の君が戻られました。
「酷い風ですね。御格子を下ろしなさい。中が丸見えですよ……」と仲睦まじく話されるお二人は、この世にないほど素晴らしいご夫婦仲に見えました。
激しく風が吹き荒れる中、夕霧は次に三条院にもお見舞いなさいました。
大宮(葵上の母)は大層心細くお待ちになっていて「今までこのように激しい野分に遭うことはありませんでしたのに……」とただ震えてばかりおられました。
内大臣もこの頃は疎遠となり、大宮がこの夕霧一人を頼りになさるご様子は、心痛むものがありました。
一晩中吹き荒れる激しい風音の中でも、夕霧は何か切ない想いがしていました。
愛しい雲居の雁のことはさておき、先ほど見た樺桜のように美しい面影が忘れられません。
何か他の事に気を紛らわそうとしましたが、思わずあの面影がちらついてしまいます。
ただ誠実なご性格ですので、道に外れたこと等は決してなさいませんが、
「同じ結婚をするなら、あの様な方を妻にしたいものだ……」とお考えになりました。
明け方になり、激しい風にさらに雨が降り出しました。供人は「六条院では建物が幾棟か倒れたそうです」と話し合っていました。
夕霧は 東の御殿では人少なで心細いだろうとお気付きになって、急いでお見舞いなさいました。
怯えておられる花散里をお慰めして、あちこち修繕すべき事などをお命じになり、また春の御殿に参上なさいました。
お庭を見渡しますと、見事だった築山の木々が吹き倒され、秋草は言うまでもなく垣根までもが散乱していました。
自然に涙が落ちるのを拭って咳払いをなさると、源氏の君が御寝所からお起きになるところでした。
紫上と睦まじく語り合うお二人のご様子は大層優雅でした。源氏の君が御簾を引き上げなさいます時に、低い几帳の影に、美しいお袖がわずかに見えました。
夕霧は、「きっと……あの方であろうか……」と、思わず胸が高鳴るようでした。その表情を見逃さず、源氏の君は、
「風の騒ぎに、紫の姿を垣間見(かいまみ)したのだろう……」とお気付きになられたようでした。
源氏の君は北の御殿をお見舞いなさいました。
家司の姿は見えず、童女などが美しい衵姿にくつろいで、散り乱れた庭の花々や垣根の手入れ等をしておりました。
明石の上がもの悲しく箏の琴を弾いておられましたが、源氏の君は風のお見舞いだけを仰って、今日はそっけなくお帰りになりましたので、御方は恨めしくお思いになりました。
西の対にもお見舞いなさいました。玉鬘は大層心細く夜を明しなさいました。
日が差し込んできて、御几帳などが隅に寄せてありますので、美しい姫君のお姿が鮮やかに見えました。
源氏の君が近くに寄り添って、姫君をからかいなさいますので、その親しげなご様子に、
夕霧は、「妙なことだ。親子とは申せ、懐に抱かれるほどに馴れ馴れしいとは……
まさか親密な仲になっているのか。嫌なことだ……」とご覧になりました。
この姫君は 昨日拝見した方には少し劣って見えますが、夕映えに露を置いた八重の山吹のように美しい方でございました。
御方々のお見舞いをなさる源氏の君のお供をして歩かれました後、夕霧は、何となく気が晴れずに、幼い明石の姫君のお部屋に行かれました。
姫君は薄紫色のお召物に、髪がまだ背丈ほどには伸びていませんが、大層可憐でいじらしい感じのするお姿でした。
「成長されたら、どんなに美しくなられることだろう。前に見た方々を桜や山吹に例えるなら、この姫君は藤の花と言うべきか……」と、誠実な御心も、何か落ち着かないご様子でした。
( 終 )