紫式部 源氏物語 真木柱(まきばしら)ー第三十一帖

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或る夜、鬚黒の大将は、女房の手引きで、とうとう想いを遂げてしまいました。

「帝がお聞きになったら畏れ多いこと。しばらくは世間に漏らさぬ様に……」と気遣いされましたが玉鬘は、ご自分の運命を嘆いて、深く思い沈んでしまわれました。

源氏の君は、「何とも残念だが仕方がない。今となって反対しても、相手に気の毒だし……しかしわが身の潔白は証明できたのだから……」と諦めて、ご結婚の儀式のお世話をなさいました。

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父・内大臣も、
「かえって安心であろう。格別に後見する人もなく宮仕えに出ても、辛い思いをするだけだろう。わが娘・弘徽殿の女御が先に入内していることだし……」と思案なさっておられました。

鬚黒の大将は いつまでも打ち解けない玉鬘のご様子を酷く辛い……とお思いになりましたが、素晴らしいご容貌やご様子を見るたびに、

「他の男のものにしてしまうところだった……」と胸が潰れるほど嬉しく、石山寺の御仏も弁の御許(おもと)(手引きした女房)をも、並べて拝みたい気持ちでした。

昔から浮気もしない堅物と評判の男でしたが、今はその名残もなく、恋人らしく華やいでおりました。

玉鬘は 自分が望んだ契りでもないので、ただひどく塞ぎ込んで、兵部卿宮が心深く優しい方だったことを思い出しては、涙を流しておられました。

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大将がいない昼頃に、源氏の君がお渡りになりました。いつものように馴れ馴れしくはなく、少し改まった態度でお振る舞いなさいました。

玉鬘は爽やかな様子もなく、萎れて臥せておられましたが、少しお起き上がり几帳に隠れてお座りになりました。

美しげに面やつれして一層いじらしさが加わりましたので、源氏の君は、
「他人に手放すことになったのは、誠に残念だ……」と心からお思いでございました。

「ただ帝がお気の毒ですので、やはり少しの間だけでも、宮仕えをおさせ申しましょう……」とお話しなさいましたが、玉鬘はただ涙に濡れておられました。

鬚黒大将の北の方は、高貴な父親王が大切にお育てした姫君ですので、大層おっとりと優美な方でしたが、ここ数年しつこい物怪(もののけ)をお患いになって、痩せ衰えてしまわれ、ご夫婦仲も疎遠になってしまいました。

大将はこの北の方を気の毒に思い、
「長年の契りを違えず、これからもお世話を致しましょう」とお慰め申しました。

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やがて日が暮れてきましたので、大将は「玉鬘に逢いたい……」と気もそぞろになりました。

北の方は、「今、引き止めても全て終わり……」と呟かれ、急に起きあがって香炉を取り、大将の背後に近づいてさっと浴びせかけました。

細かい灰が部屋中に立ちこめ、目や鼻に入って大騒ぎになり、……もうお出かけになることはできません。

黒鬚大将はこの一件で、愛想も尽き果ててしまいました。物怪(もののけ)の仕業かと、祈祷をさせなさいましたが、ただ恐ろしく、もう側に寄りつくこともなさいませんでした。

父・式部卿の宮は、苦しむ娘を大層不憫にお思いになり、御車三台で迎えにやりなさいました。

やがて日が暮れて、お迎えの公達が出立を促しますので、北の方は涙を拭いつつ、御車にお乗りになりました。鬚黒大将が可愛がっていた姫君は

「父君に逢わずに、どうして行けましょうか……」と泣き伏し、紙に何か書いて、それをいつも寄り掛かっている真木の柱のひび割れた隙間に差し込みました。

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今はとて宿かれぬとも馴れ来つる 真木の柱は われを忘るな

(訳)今は家を離れて行きますが、馴れ親しんだ真木の柱は私を忘れないで……

御車を引き出した後も、名残惜しそうに、何度も振り返っていらっしゃいました。

大将はこの真木柱の姫君だけにでも逢いたいと、宮邸をお訪ねなさいましたが、叶うはずもなく、涙ながらに幼い男の子たちだけを御車に乗せて、ご自邸に戻られました。

年が改まりました。遂に玉鬘が入内なさいまして、承香殿の東面にお部屋を設けてお入りになりました。ある月の明るい夜、帝がお逢いになりました。大層優しそうに、

などてかく はいあひがたき紫を 心に深く思ひそめけむ

(訳)どうして一緒に逢い難い貴女を、深く想い染めてしまったのでしょう。

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これ以上深い仲にはなれないのか……」と仰せになる帝のお姿は、大層美しくおられました。

帝は聞いていたよりも玉鬘がずっと素晴らしいので、誠に残念にお思いになられましたが、鬚黒大将がうるさいほど玉鬘のお側を離れずにいますので、

「こんなに厳重な付き添いは誠に不愉快だ。このまま共に夜を明かしたいが、そうさせてくれない人がいる……」と大層恨みなさいました。

玉鬘は、「美しい花の枝に、並ぶべくもない私でございます……」と、振り返りがちに退出なさいまして、そのまま鬚黒の大将の御邸にお移りになりました。

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その年の十一月、玉鬘は可愛い男の子をお産みになりました。

周囲の者は「帝に入内なさってのご出産ならば、皇子として迎えられ、どんなに名誉なことでありましょうに……」などと残念がっておりました。

( 終 )

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