紫式部 源氏物語 胡 蝶(こちょう)ー第二十四帖

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京都たのしい源氏物語さんぽ [ 朝日新聞出版 ] - 楽天ブックス
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三月二十日過ぎの頃、六条院 春の御殿には築山の木立や苔の風情が美しく、花々が今を盛りと咲き乱れておりました。

源氏の君は雅楽寮の人々をお召しになって、舟楽をお楽しみになりました。

舟は竜頭鷁首に造られ、唐風の装飾が施してありますので、まるで見知らぬ異国に来たような趣があり、錦を散らしたように見事でございました。

柳が青い枝を垂れ、渡廊を回る藤の花も紫濃く咲き始め、水際の山吹が岸からこぼれるように咲いていました。

皆、絵画のような美しさに、時の経つのを忘れて、心奪われておりました。夜になり、御前の庭に篝火を灯して、宴は夜もすがら催されました。

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翌日は中宮(もと斎宮)の御読経(みどきょう)の日でした。紫上は仏に献花をなさいました。

鳥や胡蝶に扮した童女たちが花を奉り閼伽棚に供えました。

源氏の君をはじめ上達部などもおいでになり、誠に立派な法会となりました。

衣更えの過ぎた頃になると、美しいと評判の玉鬘のもとに、若い公達からのお手紙が一層多くなりました。

源氏の君は度々お越しになっては、それらのお手紙をご覧になり、然るべき相手にはお返事を書くようにとお勧めになりますので、玉鬘は辛いこと……とお思いでした。

中でも兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)(源氏の弟君)は、北の方が亡くなられてまだ間もないのに、恋い焦がれる手紙をよこしなさいますので、

「風流な和歌を詠む人ですから、お返事をお書きなさい……」と仰るのですが、姫君はただ恥ずかしがって、横を向いていらっしゃいました。

その美しい横顔をご覧になって御心の内では「他人の妻にやるのは誠に惜しいものだ……」とお思いになりました。

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他にも玉鬘に想いをよせる公達(きんだち)は沢山おられました。殿の中将(もと頭中将の息子)は大層生真面目な方でしたが、

すっかり夢中になられ御簾のお側近くによっては、熱い想いを訴えなさいました。

まだ玉鬘が実の姉だとは、全くご存知ないのでした。

鬚黒(ひげぐろ)の大将(春宮の伯父)も、何とか想いを伝えたい……とうろうろしておりました。

源氏の君には、玉鬘のお相手を誰と決められそうもなく、父親らしく振る舞うこともできそうにありません。ご自分自身が、すっかり玉鬘に心惹かれてしまったようです。

ある日、お庭の呉竹が風に揺れて大層美しいのに足を止めて、
「大切に育てた娘も、いづれ去ってしまうのか……恨めしいことだ」と申されました。

玉鬘は、「今さら、実の親を探しなどしましょうか……」とお答え申しましたが、心の中では、「たとえ実の親でも、こんなにまで愛情をかけては下さらないでしょうから……

せめて何とか真の父親(内大臣)に娘だと知っていただくことは難しいことか……」と、悲しくお思いなのでございました。

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源氏の君はますます玉鬘を愛しくお思いになりまして、紫上にも、
「不思議に、人の心を惹きつける姫君のようです」等とお話しになりましたが、

ご自分には、道外れた良からぬことをする御癖があることも、よくご存知でございました。

雨が少し降って、お庭の楓が青々と美しい夕方、源氏の君が玉鬘のところにおいでになりました。

姫君のもの柔らかな感じが、昔の夕顔を思い出させ、堪えきれなくなり、
「貴女を夕顔と間違える時があります。

今こうしてお世話できるのは、まるで夢のようで……」と、いきなり手を握りなさいました。

玉鬘はとても不快にお思いになり、うつ臥してしまいました。源氏の君にはそのお姿さえも、大層魅力的に見え、ぶるぶる震えている様子に、

「そんなに嫌わないでください。このように深い愛情がある人は、私の他にはいないでしょうから……」と仰いました。姫君が涙をこぼされましたので、

ご自分の軽率な行為を反省なさいまして、夜のあまり更けぬうちにお帰りになりました。

兵部卿宮や鬚黒大将などは、更に熱心に玉鬘に想いを寄せておられました。

あの中将も、玉鬘と姉弟とは思いもよらず、ただ一途に恋心を訴えておられるのでございました。

(終)

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