紫式部 源氏物語 花散里(はなちるさと)ー第十一帖

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五月雨(さみだれ)の空が珍しく晴れた雲間に、源氏の君は久し振りに花散里の御邸をお訪ねになりました。

昔、麗景殿(れいけいでん)の女御(にょうご)には、故桐壺帝の華やかなご寵愛こそありませんでしたが、源氏の君は、親しみ深く心惹かれる方……と

思っておられました。花散里はその妹君にあたり、以前に少しお逢いになりまして、今も愛しくお想いでございました。

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その道すがら中川の辺りで、木立など風情ある家から琴の音が聞こえてきました。

ふと耳に留められた源氏の君は、昔お通いになった女君の家だとお気付きになり、胸をときめかされました。

ただ通り過ぎる訳にもいかずに躊躇(ためら)っておられます時、何と、ほととぎすが鳴いて飛んでいきました。

例の惟光(これみつ)を邸内に入れ、その姫君と逢えるように話をつけさせましたが、姫君はお逢いになりません。

源氏の君も、「他に男でもできたのなら、仕方もない……」と諦めなさいましたが、姫君はひとり、心の中で残念に思っているのでした。

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目指す花散里の御邸は、桐壺帝が亡くなられ、すっかり世の中も変わってしまった今は、人々の訪れもなく、静かな佇まいでございました。

源氏の君が女御(にょうご)のお部屋で故院の話をしておられますと、次々に昔のことが思い出されて悲しくなり、お泣きになりました。

折も折、ほととぎすが先程と同じ声で鳴きました。

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橘の香を懐しみほととぎす 花散里を訪ねてぞとう

源氏の君は西側の部屋に忍びやかにお渡りになりました。

花散里の姫君にとっては、久し振りのご訪問に加え、比類ないほど美しい源氏の君のお姿ですので、

長くお忍び通いの絶えていた辛さも、すっかり忘れてしまうようでございました。

( 終 )

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